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2026年9月18日
◆はじめに
この夏、世界中で、多くの気象災害が発生しました。例えば、欧州の6月の熱波や、中国とネパールの国境地帯で先月発生した土石流等では、多くの人命が奪われました。これらの災害は、気候変動との関連が指摘されています。国内でも、各地で局地的な豪雨による大きな被害が相次いでいます。
気候変動が進めば、猛暑や豪雨といった極端な気象現象がさらに増えると考えられます。こうした中、わたしたちの社会で様々な活動を営む企業も、気候変動による影響と被害から逃れることはできません。そうすると、会社経営の舵取りを担う取締役には、気候変動による様々なリスクに対応する法的な義務はあるのでしょうか。
◆取締役の法的義務と気候変動
会社法330条は、会社と取締役を含む役員の関係を、「委任に関する規定に従う」と定めています。取締役は会社から経営を委任されているからです。この「委任に関する規定」は民法にあり、民法644条で、受任者(取締役)は「善良な管理者の注意をもって委任事務を処理する義務を負う」と定めています。この義務は「善管注意義務」と呼ばれ、その地位と状況にある者に通常期待される程度の注意義務とされています。
このほか、会社法の定めによって、取締役は、会社のために忠実に職務を遂行する義務や、法令や定款、株主総会の決議を遵守する義務、リスク管理のための適切な内部統制システムを構築し、運用する義務なども負っています。これらの義務は、いずれも取締役が会社の最善の利益のために行動することを求めているものです。ここでいう「利益」とは、短期的利益だけではなく、長期的な持続可能性のための利益も含まれます。
それでは、これらの取締役の法的義務と気候変動の関係について考えてみましょう。
気候変動は、わたしたちの暮らしや社会に大きな影響と被害をもたらしています。わたしたちは個人、自治体、国家に至るさまざまなレベルで、気候変動の影響と、その脅威を認識しており、それと同時に、気候変動への対応の必要性も感じています。
構築された内部統制システムを通じて気候変動による様々なリスクを既に認識し、重要なリスクと捉えている会社は、日本にも数々存在します。そのことは上場会社であれば開示書類から明らかです。その場合の会社の取締役は、気候変動リスクを既に予見しています。したがって、取締役は、会社にとって最善の利益のために、気候変動による自社のリスクを軽減あるいは回避し、あるいは、気候変動を収益の機会とすることができるのかということについて、注意義務を尽くして取り組む必要がある、と考えられるのです。
これらの義務を怠った場合、取締役は会社に対して損害賠償責任を負う可能性がありますし(会社法423条)、悪意や重大な過失があった場合には、それによって損害を受けた第三者にも、損害賠償責任を負う可能性があります(同429条)。
◆「経営判断の原則」
しかし、これらの損害賠償責任は、裁判で直ちに認められるわけではありません。なぜなら、経営上の判断について専門的な経験や知識を持たない裁判所が、事後に判明した事情などに基づいて取締役の責任を問うことは、経営を萎縮させてしまい、結果として会社や株主の利益につながらない可能性がある、という考え方があるからです。
そこで、裁判所は、取締役が経営判断をする場合には幅広い裁量を認めており、その経営判断によって仮に会社に損害が生じても、「その決定の過程、内容に著しく不合理な点がない限り、取締役としての善管注意義務に違反するものではない」(最判平成22年7月15日)という考え方を採っています。これは「経営判断の原則」と呼ばれ、取締役の経営判断について善管注意義務違反があったかどうかを審査する際の基準になっています。
ただ、そうであっても、取締役が気候リスクに適切な対応をしなかった場合、「経営判断の原則」の下で、その取締役の経営判断が尊重されるかは、慎重に考えるべきです。取締役には、「経営判断の原則」に基づく裁量権はありますが、この原則は、関連情報を入手し、合理的かつ十分な情報に基づいた意思決定を行う義務を免除するものではありません。
この点で参考になるのが、2011年に発生した東京電力福島第一原発事故の責任をめぐり、東電の旧経営陣に対して、13兆円を超える損害賠償を命じた2022年7月13日の東京地裁判決です。
◆福島第一原発事故のケーススタディ
福島第一原発事故の東京地裁判決は、原発事故が起きれば甚大な被害を及ぼすおそれがある原子力事業者は、最新の知見に基づいて、過酷事故を万が一にも防止する社会的、公益的義務があり、過酷事故が発生した場合には莫大な賠償責任等を負い、存続の危機に陥るとしています。そのうえで、国内のトップレベルの研究者が関わった相応の科学的信頼性がある国の地震予測等によって、巨大な地震と津波が予見できたにもかかわらず、それらへの対策を先送りしたことを「著しく不合理」として、原子力事業者の取締役として求められる善管注意義務への違反を認めました。
この東京地裁判決は、控訴審によって破棄され、現在は最高裁に上告されていますが、第一審で上記のような内容の判決が出たという事実は、会社と、会社の取締役にとって、大きな意味を持っています。取締役の経営判断が、重大な結果を引き起こした場合には、経営判断の原則の適用は厳格に判断され、善管注意義務違反に問われ、巨額の損害賠償責任を認められ得るということを示しているからです。少なくとも、会社内外の専門家や専門機関の評価ないし判断があるにもかかわらず、特段の事情もないのに、これと異なる評価ないし判断を行った場合には、その判断の過程、内容は著しく不合理と評価されることになるとして、取締役の注意義務違反が認められることを示したものと言えます。
もちろん、この裁判は気候変動を取り扱ったものではありませんが、気候変動問題への取締役の対応についても、有用な示唆を含む事例です。すなわち、科学的・技術的知見に基づく気候リスク等について情報を収集し、自社に関連するリスクを特定すること。自社の事業特性や潜在的損害、被害の深刻さを考慮し、自社に与える影響を評価すること。そして、必要かつ合理的な対応策を策定し、実行すること――。取締役は、善管注意義務違反に問われないためにも、このようなプロセスを経て、日々の意思決定を行う必要があるのです。
◆クライアントアースの取り組み
気候変動問題に関する取締役の義務というテーマについて、わたしたちクライアントアース(CE)は、企業の取締役、サステナビリティ担当者、投資家等を対象としたイベントを開催しています。
先月28日には、今年6月に開催したラウンドテーブルに続くウェビナーを、日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP)との共催で開催しました。
ウェビナーでは、立命館大法学部の山田泰弘教授、CEの弁護士らが、ESG項目に関する取締役の法的義務、善管注意義務とガバナンス、気候変動リスクと移行計画の重要性などについて解説しました。企業の担当者など100名を超える参加があり、企業を相手とした環境訴訟の事例や、国内に導入される企業向けのサステナビリティ関連の情報開示基準などについて、多くの質疑応答が行われました。
クライアントアースは、今後もこうしたイベントを開催していく予定です。
また、クライアントアースは、アジア投資家気候変動グループ(AIGCC)、コモンウェルス気候・法イニシアティブ(CCLI)の協力を得て、気候関連リスクと機会に関する取締役の意思決定に役立つ情報を提供する「取締役のための気候リーダーシップ実践ガイド」を作成しています。こちらから最新版をダウンロードすることができます。ぜひご参照ください。